アール・ブリュットとは何か。
長年パリで暮らしていますが、不勉強なことに、アール・ブリュットという言葉は知りませんでした。ところがひょうんなことから一気に私の前にこの単語が押し寄せて、私を呑み込んでしまったのです。なんの予備知識もなく私と妻はパリにある日本大使公邸で行われたアール・ブリュットのパーティに顔を出すことになりました。こういう公の場に二人で出ていくことはめったにありません。まず、私たちがここに出席しようと思った理由はその言葉「アール・ブリュット」が知的障害のある方などを含む、アカデミックな手法を持たない方々によって生み出された芸術全般を指す言葉だと知ったからなのです。
ここパリで日本のアール・ブリュット作家約60人による一大美術展「ART BRUT JAPONAIS」が開催されます。展示点数は1000点に及びます。見渡せばパリ中にポスターが貼られ、パリ市の電光掲示板にも美術展の案内が表示されていました。フランス人のこの関心の高さはいったいなんでしょう? ラジオでもテレビでも紹介されています。私は大使館に展示されたいくつかの作品を見て、驚きました。そこには一つのコンテンポラリーアートの原始的な一撃、もしくは別の道を辿った完成品が展示されているではありませんか。
アール・ブリュットという言葉は20世紀にフランスの画家、ジャン・デュビュッフェによって考案されました。英語ではアウトサイダー・アートと呼ばれていますが、関係者の中にはどうしてアウトサイドなのか、という声があがる一方、むしろインサイドに対抗する新しい感性の出現を現すカッコいい表現という意見もあるようです。個人的にはフランス語のアール・ブリュット、つまり「自然のままの芸術」という言葉が一番気にいっています。さすがにデュビュッフェらしい表現ですね。
私は去年、日本滞在中に、たまたまNHKのドキュメンタリー番組で話題のアール・ブリュット作家、澤田真一さんの制作風景の映像を見ていました。まさかここで繋がるとは思わず、その激しいプリミティブな作風に画面を通して圧倒されたものです。その彼が会場にいました。作品もありました。ドキュメンタリーを通して知っていた知識と実際に彼を目の前にして感じた迫力の両方によって、私は言葉を失いました。人間が内側に秘めた原始的マグマを圧倒的な集中力で創作したこの作家を現在の批評家が分類できずにいることを面白く思いました。教育と知性によって築き上げられた現代芸術の根底を揺るがす彼らの存在を抹殺、批判、軽視することはできません。すべての展示作品がコンテンポランの第一線に立てる作品かどうかは誰にもわかりませんが、今回紹介される多くの作家たちの取り組みや姿勢から、人間の根源的な表現へのこだわりと精神解放への無限の力を目の当たりにさせられます。批評では括ることの出来ない彼らの想像力を芸術と呼ばずに何を芸術と言うのか、というメビウスの輪の中に我々は追い込まれていきます。残念ながら、お膝元、日本のアカデミズムには理解の出来ないこれらのことが、フランスの芸術界、メディアには大いに評価されているのですから、まことに不思議です。恥ずかしいことに私も知りませんでした。だからこそ、知りたい、広めなければ、と思いました。知らないことは一時の恥ですが、知れば永遠の財産となります。同じように気付かれた方は一緒にまず身近で広めていきましょう。きっと、まもなく、日本でもアール・ブリュットへの関心が高まることになるのでしょう。アーティストたちの純粋な創作意欲が勝手に利用されないよう、支援者たちはその権利を守る使命を担っています。
私は澤田さんをはじめ十名ほどのアーティストと会いました。彼らは社会的には私たちと普通に言葉を交わせる状態にはありません。でも、彼らの精神の健全な波動を私は受け取ることが出来、これまで経験したことがないくらいに幸せな時間を持つことができました。妻の周りを囲み、写真撮影をする知的障害・知的機能障害者の方々らの柔らかい笑みが忘れられません。興味深いことに、彼らは作品を作り上げてしまったら、それで出来あがった作品には関心がなくなって、離れてしまうのだそうです。健常者は、そこから固執がはじまり、権利が生まれ、評価を気にする強欲の世界へと連れていかれるというのに。多くのアール・ブリュットの作家たちは出来あがったら、おしまいなのです。そのことを聞いて、いっそう彼らのことが愛しくなり、心配にもなりました。守るという言葉は危険ですが、彼らの生きる世界が荒らされないことを遠くから見守り祈るばかりです。いや、祈るだけではだめですね。その作品を世界中の人々に見て、知ってもらい、感動を分けあわないと。そこに、人間の本来の生きる意味を、見つけることが出来ます。
パリではモンマルトルの丘の袂にあるパリ市が運営するアル・サン・ピエール美術館で来年の一月二日まで開催されています。私も多くの仲間を引き連れて見に行きたいと思っています。パリへのご旅行を計画されている皆様、ぜひ、一度足をお運びください。人間の可能性と想像力の果てしなさを受け取ることが出来ます。下記WEBサイト美術館で堪能することができますよ。
アール・ブリュットのWEBサイト美術館
スピリットアートミュージアム
http://www.spiritartmuseum.jp/
パリ市サン・ピエール美術館
HALLE SAINT PIERRE
2, RUE RONSARD, 75018-PARIS
TEL. 01 42 58 72 89