愛情路線 7月31日


7月も最後です。
早いですね、明日から8月だなんて。

ライブに来ていただきありがとうございました。
ヒップホップグループ、ZAMZA51の乱入(笑
最高、すっげえ、面白かった〜。

あまり練習出来なかったので、ほとんどぶっつけ本番の
フリースタイルラップ合戦、やっぱ言葉の力って大きいね。感動した〜。

ロックは路上から生まれたからロックなのね。
ヒップホップはまさに路上に根ざした音楽だから
この両者は合うんだ。

天使がいたあの夜。

ライブで少し話したことだけど、
この2年ほど、励まし続けてきた18歳の青年が6月の
中旬に他界しました。

末期癌だった、がんばったね。
希望を持ち続けて、ほんとうに生きたね。

ZAMZAとアシッドマンのファンだった。
手紙でしか会ったことがなかったけれど、
彼のために「自分を赦す歌」うたわせてもらいました。
途中にZAMZA51にも出て来てもらっての
ラップでの掛け合い、きっと天国にいる翔吾にも
届いたことでしょう。

みんな、本当にありがとう!!

翔吾は自分の担当編集者の息子さんで、
闘病しながら、自分の夢、ベーシストになる夢を
追いかけていたのです。
手紙でしか会ったことがなかった青年だけど、
でも、けっして弱音を吐かない、お母さん思いの
ほんとうに、逞しい、やさしい青年でした。

実はね、アシッドマンにも力を借りていたんだ。
面識もなかったのにさ、
頼んだら、力を貸してくれてたんだ。
すばらしい連中だよね。彼らにはまだ伝えていません。
手紙書かなきゃ・・・。

あの三人組、すっごくいいよ。
実は翔吾と知り合う前から、おいらは彼らのファンでも
あった。だからきっと力貸してくれると
思っていたんだ。

限るある人生、最後の最後までどんなに苦しくても
決して弱音をはかなかった、若きベーシストの翔吾。
ゆっくりと休んでくれよ。

俺たちの応援歌、天国に届いただろ。

あ、終演後、楽屋に翔吾のご両親が・・・
来ているとは思ってなかったので、驚いちゃったよ。
お母さんの涙・・・でも、送り出せた、おいらなりに。
亡くなる前に彼がお母さんと選んでくれた草履、
おいらと、妻子の分まで、三足もあって、楽屋で
見て、言葉が止まっちゃった。

あの日、自分の出せるものは全て出せました。
生きているとほんとうにどうしようもない不条理や
困難に人は出会います。でも、最後の最後まで
あきらめないで、腐ることなく、生き続けた翔吾の存在に、
逆に、
ぼくはずっと励まされていたのかもしれない。

生きていることに疲れても、
その命を大事に、その意味を探し続けたい。

人間とはなんぞや!




photo by yusuke okada


長方形のZINCギター。


ゆうすけ、いつも最高の写真ありがと!


次のライブで会おうぜ!